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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)32号 判決

上告人

金本京英

右訴訟代理人

柴田茲行

被上告人

東谷農業協同組合

右代表者理事

山下善三郎

右訴訟代理人

中村吉輝

手取屋三千夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柴田茲行の上告理由第一点について

農業協同組合法三三条が「組合が理事と契約するときは、監事が組合を代表する。」と定めた趣旨は、組合と理事との間で利害の対立する契約について、理事の代表権を制限することにより、理事が組合の利益の犠牲において私利をはかることを防止し、組合の利益を保護することを目的とするものであるから、同条の右趣旨からすると、組合が理事との間で締結された消費貸借契約を有効なものとして扱い、右契約に基づく理事の債務の担保として提供された第三者の組合への預金をもつて右債務の弁済に充当した場合には、理事はもちろん、右担保の提供者である第三者においても、右消費貸借契約が前記規定に違反することを理由としてその無効を主張することは、許されないものと解するのが相当である。論旨は、これと異なる見解を前提として原判決を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について

原審が適法に確定したところによれば、上告人は、被上告人の理事であつた武林重明に対し、上告人の被上告人に対する預金を担保として右武林が被上告人から一五〇〇万円を借り受けることにつき同意を与えたというものであるところ、仮に、その趣旨とするところが、上告人が武林に対して担保権設定の権限を付与し、武林が上告人の代理人として被上告人との間で右担保権設定契約を締結したというものであるとしても、農業協同組合との間の担保権設定契約の締結を右組合の理事に委任した者は、これに基づいて右理事が委任者を代理して組合との間で締結した担保権設定契約を組合において有効なものとして扱つている以上、右契約の締結が農業協同組合法三三条に違反することを理由としてその無効を主張することは許されないものと解すべきであるから、論旨は排斥を免れない。

同第三点ないし第六点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人柴田茲行の上告理由

原判決は、本件定期預金の預金者を上告人であると認めながら、右預金債権は被上告人と訴外上告人組合の代表理事(組合長)との間の貸金債権の担保に供されたものであるとし、しかもその合意は右訴外人が上告人を代理して被上告人との間に為されたとして上告人の預金払戻請求を全部排斥した。

しかしながら、以下に述べる如く、原判決には理由不備齟齬(民事訴訟法三九五条一項)判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背(同三九四条)が認められ、御庁において破毀されるべきである。

第一点 原判決には、農業協同組合法第三三条の存在を探知せず、同法を適用しないという判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背(民事訴訟法三九四条)があることのみならず、ひいては理由不備・齟齬(同三九五条一項三号)の違法がある。

そもそも法人においては、法人と理事の利益が相反する事項については理事は法人の代表権を有しない(民法五七条)。このことは、農業協同組合においても同様である。

すなわち、農業協同組合法第三三条は、組合と理事との間の取引については理事に組合を代表する権限がなく、監事において組合を代表することを定めている。

ところで、原審判決は「訴外武林が右約定により昭和五一年八月二七日、被告(被控訴人、被上告人)に対し右預金債権を担保に供し、(被上告人より)金一、五〇〇万円の貸付を受けた」とし「……同年九月二〇日、被告(被控訴人、被上告人)において債権回収のため右預金担保」を実行した結果本件預金債権は「消滅して存在しない」と判示している。

しかしながら、右訴外武林が当時被上告人組合の代表理事であつたことは原判決も認めるところであつて、右組合と訴外武林間の消費貸借契約につき農業協同組合法第三三条を適用して右貸金債権の存在を否定すべきであるのに慢然と右法条の適用を為さず、結果後述する担保設定の合意とあいまつて上告人の預金返還請求を排斥しているのである。

当然のことながら、法令の存否の調査及び適用法令の選択は裁判所の職責であり、当事者の否認等の態度とは関係なく調査し、選択すべき筋合のものであるが、本件の場合において、上告人は右訴外人と被上告人間の貸金契約の存在を否認し(昭和五三年三月九日付上告人(原告)提出準備書面)、又、証人表富夫は昭和五二年一〇月三日付の尋問の中で農業協同組合法第三三条違反の疑いがあることをほのめかしている(同日付調書一〇九項、一一〇項)にもかかわらず、原審は全く自己の職責を忘れ、同法同条を探知せず且つ適用しないことについて理由を付さず右貸金債権を肯定したのである。

従つて原判決には理由不備・齟齬もしくは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存するから破毀されるべきである。

第二点 被上告人組合の代表理事たる訴外武林が上告人を代理して担保設定の合意を為し得るとするのは、御庁の判例(第二小法廷判決昭和三九年八月二八日民集一八・七・一三六六)に反し、判決に影響を及ぼすこと明かな法令違背が存する。

表記最高裁判所の判例は、中小企業等協同組合法第三八条についてではあるが、同法に基づく協同組合と株式会社間に取引がされた場合においてその組合の代表理事が右会社の代表取締役を兼ねているときは右取引について同法三八条の規定が準用され、同条に違反して成立する取引は同条の立法趣旨に照らしその効力を生じないと述べ、同法が理事と契約する場合だけでなく第三者の代理人となつて組合と取引する場合にも適用されることを明らかにしている。

ところで、原審はこの点に関し「……融資の形式は、原告(上告人)が一たん被告組合(被上告人)に同金額を定期預金し、訴外武林においてこれを担保として被告組合より右金額を借り入れるものとし、その手続一切を右訴外人に一任すること……」と事実認定しているが、仮りに右事実が認められるとしても、前記判例に従つて訴外人と被上告人間の貸金契約及び右上告人・被上告人間の担保設定契約は効力を生じないとすべきであつた。

従つて、この点に関して原判決には重大な判例違背・判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があり破毀されるべきである。〈以下、省略〉

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